ディープフェイクの時代、既存メディアの真価が問われている
パオネットワーク 四宮秀二さんに聞く
——サイバーセキュリティアワード2026大賞のご受賞、おめでとうございます。
四宮
ありがとうございます。2017年にアメリカで「ディープフェイク」という言葉が出てきて、調べてみるとAIのディープラーニングとフェイクを掛け合わせた造語で、人を簡単に騙してしまうという。それが今回の番組企画の発端です。 2023年頃までは実際の被害事例があまり明らかになっていなかったので、最初に書いたプロットはディープフェイクによる冤罪事件に刑事が向き合う、みたいなものでした。 ところが、その後、韓国の性的被害事例、アメリカや香港での詐欺事件など日本国外でディープフェイク事件が次々に起こり、筋書きを大幅に書き換えることになりました。特に怖いと思ったのは、ディープフェイクが身近な人、自分の大切な人になりすました映像を簡単に作り出し、人の心に易々と入り込んでしまう点です。「AIから人の心を守れるのか?」という観点から、ディープフェイクが関わる事件や動きを調べ、1年かけて仕上げていきました。 想定視聴者として、専門知識がある大人だけでなく、「子供が見ても分かるもの」を作りたいと思っていました。僕自身にも小学生の娘がいて、この子たちが騙されてしまうかもしれないということに、ひとりの親として強い危機感があったからです。NHKの方からも「ディープフェイクの怖さをどうしたら視聴者に伝えられるかをじっくり考えてほしい」と言われました。視聴者を怯えさせる「怖さ」ではなくて、自分自身に起きたらどうなってしまうのかという「恐れ」です。そのためには、やはりドラマ形式が適しているだろうと思いました。
——このコンテンツの制作、映像表現の面で苦労されたことは?
四宮
撮影現場で議論になったのは「AIはどこまで人間らしく振舞えるのか」という点です。番組の最後で、AIが心を持ったかのように振る舞うシーンがあるのですが、それを演じる俳優の方々は「AIは人の心までは表現できないのではないか」とおっしゃって、そこは意見が割れた点です。僕自身は「AIが人の心を持つかどうかは分からないが、心を持つかのように振る舞うことはできる」と思っていたので、「本当に人の心が入っているかのような演技をしてください」とお願いしました。 オンエア後に視聴者の皆さんからの反応・感想で多かったのは、「怖かった」「どのホラー映画よりもホラーだった」というものです(笑)。そこまでホラーに作ったつもりはなかったのですが、ディープフェイクの怖さがリアルに伝わったという良い意味で受け取っています。「子供に見せたい」というコメントを頂けたのは嬉しかったです。そこを目指していましたから。
——サイバーセキュリティを伝えることは難しくありませんでしたか?
四宮
この番組は、サイバーセキュリティの専門家の方々からは「サイバーセキュリティ」が主題のように見えたと思いますが、本当に伝えたかったのは「こういう時代に人間はどう生きればいいのか」ということなんです。人間一点に尽きると言うか、「人を伝えること」「人に伝えること」が僕たちの仕事の核心だと思っていますので。 とはいえ、テクノロジーを伝える努力を省略して「怖いのが来ましたよ!」と警鐘をガンガン鳴らすだけでは、その脅威の本質を視聴者に理解してもらうことはできません。残念ながら日本は海外に比べてAIに対する危機意識がまだ薄いので、「サイバーセキュリティ」と言った瞬間に「それ何?難しくて分かんない!」と拒絶反応を示す方々が少なくありません。でも、そういう人たちこそが狙われ、被害者になってしまうのが現実なのです。関心が無い人たちに少しでも知ってもらうために、ドラマ仕立ての物語として伝えることを選びましたが、それは正解だったと思います。 最近のテレビは「オールドメディア」と呼ばれることもありますが、まだまだ社会のために果たすべき役割は大きいと再認識もしました。真実・事実を伝えることが民主主義を支える根幹だと信じている映像事業者としての矜持と言いますか、フェイク映像が人々を騙し欺いている状況に少しでも歯止めをかけたいという思いがありました。NHKという大きな媒体でその機会を頂き、とてもありがたく思っています。
——情報の媒介者としてのメディアが果たすべき役割が問われていますね。
四宮
フェイク情報が飛び交う時代、AIを使って作られた精巧な嘘が溢れる時代、SNSがフェイク動画だらけの時代において、人々は何を信じれば良いのか——。ディープフェイクに対峙できるのかという観点で、“オールドメディア”の存在意義が試されているのだと思います。
——それは、この番組の裏テーマでもあった?
四宮
あえて埋め込んだというわけではありませんが、問題意識は常に持っています。最初のきっかけは、10年くらい前に制作した2017年フランス大統領選のドキュメンタリーでした。既にその頃からSNSにはフェイクニュースが溢れていて、フランスのある新聞社による情報の信憑性を裏付ける試みが番組の焦点でした。メディアと人々の信頼関係、信頼されるメディアとそうではないものとの選別・選択ということが、これから本当に大事になってくる。煽り、誇張、偏向、フェイクが溢れる中で、「真の誠実さ」こそが価値を生む源泉だと思いました。
——「真に誠実なメディア」がこの時代には必要だという点、とても共感します。しかし、そのためには、新しい知識を学ぶ「理解力」、情報を取ってくる「取材力」、先を読む「想像力」、伝え方を研ぎ澄ます「創造力」など、高度かつ広範な能力がメディア人に求められるのでは?
四宮
おっしゃる通りです。メディア人にとっては、これまで以上に厳しい自己研鑽が求められると思います。生き残りをかけた競争でもあります。これだけメディアが乱立してくると、皆さん頑張って面白いものを出そう、面白く伝えようと必死です。最近のドキュメンタリーやドラマはすごくレベルが上がってきています。僕たちも、うかうかしてはいられません。
——四宮さんの「伝えるモチベーション」の源泉は?
四宮
僕の場合は、「世間に知らしめたい」っていう思いよりも、自分の興味・関心・好奇心の方が勝っているように思います(笑)。今回のディープフェイクも、サイバーセキュリティも、第一線の専門家の方々へのインタビューを通していろいろ学ばせていただき、とても楽しかったです。自分はサイバーセキュリティそのものに興味があったわけではなく、むしろ遠い存在だったので、「少し前の、何も知らなかった自分」にどう伝えれば刺さるのかという低めの視点から考えたのが良かったのかもしれません(笑)。 一般の人たち、特に年配の方々のAIに対するイメージは、ジェームス・キャメロン監督が描いたAIロボットが人類を破滅に追い込むというディストピアなんですよね。これはかなり強く擦り込まれている意識だと思うのですが、本当にそうなのか、人間は本当にAIに牛耳られてしまうのか——。それを知りたいというのが僕の興味関心が向かうところです。
——人間がAIに恋してしまうという映画もありましたね。
四宮
皆さん、そういう物語が大好きなんですよ(笑)。そして、皆さん、そういう映画を観てよく知っている。ですから僕たちはそういう映画の描写を引用しながら番組の物語を始めるんです。「果たして、人間は本当にAIに恋をするのか?」みたいな問いかけから。今回のディープフェイクでも、「AIに人生が奪われてしまうようなことが起こり得るのか?」「AIによってあなたの未来が変わってしまうかもしれない」という、一番分かりやすいところから入りました。 1980年代にSFエンタテイメントで描かれたことが、今現実に起きています。そして、少し前に海外で起きたことが、今日本でも起きようとしています。ちょっとだけ先回りして、それをドラマ化したというわけです。
——最後に一言、お願いします。
四宮
サイバーセキュリティアワード2026大賞をいただき、喜びの一方で責任も感じています。新しい企画に向けて、今、いろいろと模索しているところです。直近では、AnthropicのClaude Mythos(クロード・ミュトス)の性能が高すぎて、悪用されれば、企業へのサイバー攻撃が多発するどころか国の軍事システムさえも簡単にハッキングされてしまうのではないかという警戒感で世界中が大騒ぎになっています。 また一つ、次元が変わったように感じています。伝える側も、しっかりキャッチアップしていかなければならないと気を引き締めています。サイバーセキュリティアワード関係者の皆さんのご協力もいただきながら、新しい作品づくりに取り組んでいきたいと考えています。
——次回作を楽しみにお待ちしています。このたびの大賞受賞、本当におめでとうございました。
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作品紹介サイト
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