受賞者インタビュー



テクノロジーと人間・組織のすれ違いを描き続けたい

「こうしす!」監督 井二かけるさんに聞く

excellence_award_img大賞/フィクション部門 最優秀賞

こうしす! こちら京姫鉄道 広報部システム課

制作:オープンプロセスアニメプロジェクトジャパン(OPAP-JP)、京姫鉄道合同会社

姫路と京都を結ぶ架空の中堅私鉄、京姫(きょうき)鉄道株式会社の広報部システム課を舞台に、 様々なセキュリティトラブルに見舞われるシステムエンジニアたちの悪戦苦闘と悲哀を描いた技術系コメディ。 資金はクラウドファンディングなどによって調達。二次創作を自由に行えるオープンソース作品である。

作品紹介サイト

サイバーセキュリティアワード2025の表彰式が3月3日に開催され、大賞1件、部門別最優秀賞4件、部門別優秀賞9件の栄誉が称えられた( 表彰式レポートはこちら )。フィクション部門 最優秀賞、そして大賞に輝いたアニメ作品『こうしす! こちら京姫鉄道 広報部システム課』の 監督、井二(いぶた)かけるさん に大賞受賞の喜びを聞いた。(聞き手はサイバーセキュリティアワード事務局、以下敬称略)

——サイバーセキュリティアワード2025大賞、おめでとうございます。

井二

こうしす!井二さん

Xの公式サイト で大賞を受賞したことを報告したら2万以上のビュー、100以上のリツイート、200以上のいいね!をいただきました。フォロワーの皆さんからお祝いのメッセージをたくさん寄せられて、とても嬉しかったです。 『こうしす!』は以前、 京都デジタルアミューズメントアワード という賞をいただいたことがあるんですが、コロナ禍の真っただ中だったために授賞式は中止となり、表彰状もいただけなかったんです。せめて受賞を証明する書類が欲しいと頼み込んで、公印入りの書類だけはいただきました(笑)。表彰状やトロフィーをいただくのは今回が初めてだったんです。 アニメ作りって結構しんどいんです。セキュリティをテーマとしたアニメづくりに取り組んで10年。今回の受賞でひと区切りつき、ほっとしたというのが正直なところです。

——そもそも、『こうしす!』の制作に至った経緯は?

井二

きっかけは、2014年にWindows XPの公式サポートが終了することでした。システム関係者の間で凄い話題になっていて、じゃあそれをテーマにしたアニメを作ろうというところからスタートしました( 第1作 「こうしす! #1 「XPだけどお金がないから使い続けても問題ないよね」 )。これが想定以上の人気を集めたのに気を良くして、セキュリティの軸で10年作り続けたという流れです。

——全編拝見して感じたのは、サイバーセキュリティって技術的な課題だけでなく、組織や経営の体質の要員が大きいんだなということでした。予算が無いからOSを更新しないとか、インシデントがあっても隠蔽するとか、結局は人間の問題なんですよね。コメディっぽく描かれていますが、実は現実への痛烈な皮肉になっている。

井二

こうしす!井二さん

アニメで描写したような酷い会社は無いと信じたいところですが、まあ“ありがち”ですよね(笑)。 セキュリティ関係の講習会やセミナーでは「インシデントはCSIRT(Computer Security Incident Response Team)を中心に積極的に情報共有して対策に役立てましょう」みたいに教えています。情報セキュリティのインシデントを洗いざらい全部公表すべきかどうかは横に置いておくとして、現実にはインシデントの多くは外部に積極的には公表されません。かなりヤバイ事故・事件でも報告書ペラ1枚で終わってしまうようなこともあります。特定の部署の中で起きたトラブルがその部署内で閉じ込められてしまうことも少なくないでしょう。アニメ作品として誇張はしていますが、組織の現実は当たらずとも遠からずだと思います。

——それをアニメで描いてやろうと思った井二さんの問題意識の根っこは?

井二

十数年も社会人生活をしていると、池井戸潤さんの企業小説に出てくるような場面を見聞きすることがあります。ドラマのように土下座を強要するような場面は未経験ですが(笑)。でも、ルールはあるのに実際にはそれが守られない、「コンプライアンス順守!」とうるさく言うわりにいざ懸念事項を指摘すると「コンプレイン(不平)」として扱われて煙たがられる・・・。そういうことは、皆さん、大なり小なり経験していることではないでしょうか。 しかも、問題が起きた時の処理ルールがやたら面倒なので、話そうという気持ちにブレーキがかかり、「ここで握りつぶした方が早い」と思わせてしまう。ガチガチなルールの圧力が、逆に小さな不正を生む温床、隠蔽体質の温床になっているという皮肉なことがいろいろな組織で起こっていると思います。 私はずっとプログラマーとしてやってきました。特に情報セキュリティに関わるところは、専門家にしか分からない部分も少なくないので、ちょっとした不正や隠蔽が起きやすいということを日頃から感じていたというところがありますね。 もう一つ、情報セキュリティ分野では「それ、何の意味があるの?」と聞きたくなる謎の因習やしきたりみたいなものがあって、常々疑問に思っています。例えば、ファイルを圧縮・暗号化してメールで送り、その解凍パスワードを後追いメールで送るという方法。これでは安全確保できないというのが最近の常識なのですが、いまだにいろいろなところで行われています。 やっても意味がないし、なぜそれをやっているのかも分からないけど、やらないと「なんだあいつは、和を乱して!」と組織内村八分になってしまう。まさに、因習、しきたりなんです(笑)。

——『こうしす!』の舞台は鉄道会社ですが、多くの企業の普遍的な課題だということを見せつけているようにも思いました。

井二

そうですね。正直にインシデント報告をして得をすることは現実にはほぼ無いと言えるのではないでしょうか。なぜ?なぜ?と詰問が繰り返され、最終的には個人の意識の問題に矮小化されてしまう。最悪の場合、内部告発をした勇気ある人が、その後悲惨な人生を送るようなこともあるようです。不利益を受けること無しに正直であることが難しい世界。だから、気づかない方が、見て見ぬふりをした方が、露呈させない方が、みんな幸せというロジックに陥ってしまう。それではいけない、ということは誰かが言い続けなければいけないと思います。 日本の組織では、合議に頼り過ぎて大きな決断ができなかったり時間がかかったりすることも少なくありません。ずいぶん前ですが、メガバンクの大規模なシステム障害では、一旦止めるという決断ができなかったばかりに被害が余計に拡大しました。最近では、高速道路のETCシステムがダウンした際、「即座に無料開放すれば混乱を避けられたのに」という声が利用者から上がりました。『こうしす!』のようなことは、大なり小なり、どの会社でも起こり得るのだと思います。

——やはり、『こうしす!』にはそうした重い問題意識が織り込まれていたのですね。井二さんの今後の展開は?

井二

今、次の一手を探っているところです。 『こうしす!』の続編をつくるという方向性もあるかもしれませんが、鉄道についてはやり切った感があるので、鉄道以外のテーマを模索中です。セキュリティやテクノロジーを軸にしたシナリオを何本か書いてネットで公開しています。読者の反応を見ながら、構想を膨らませているところです。
【最近の井二かける作品】 ポップアップ誤タップ令嬢、王太女として人生をやり直します モブ王女ですが、外れスキル〝C#〟とDIY精神で王宮まったりスローライフを目指します! アストロ・レールウェイ ―火星姉バカ放漫軌道―
私はこの10年くらい、プログラマーを生業としながら、副業というかライフワークとして『こうしす!』の制作に打ち込んできました。クラウドファンディングでお金を集め、協力者の皆さんのお力を借り、オープンソース方式でコンテンツを広く自由に使っていただくという理想を追求しました。ただ、商業的にはなかなか厳しく、私費を投じたりして苦労も味わいました(苦笑)。 次のチャレンジでは収益的な基盤もしっかり整え、いろいろな知見とアイデアをもった方々とのコラボレーションをベースに、テクノロジーと人間、組織の問題を描写したいと思っています。 皆々様、どうぞよろしくお願いいたします。

——井二さんの次回作を楽しみにしています。サイバーセキュリティアワード2025大賞、本当におめでとうございました。

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