官民連携が生むセキュリティ啓発のベストプラクティス
埼玉県警 & SCSCに聞く
——企画部門 優秀賞、おめでとうございます。今回は埼玉サイバーセキュリティ推進会議(SCSC)と埼玉県警サイバー対策課の共同受賞ですが、両者の関係性は?
野口
埼玉サイバーセキュリティ推進会議(SCSC) は、埼玉県内に拠点を置く産学官の関係組織が連携してサイバー空間の脅威に対処し県民の安全と安心を確保することを目的として平成26(2014)年に設立されました。井上社長の彩ネットさんは埼玉県を中心にインターネットサービスなどを提供するIT企業で、井上社長にはSCSCの副会長を担っていただいています。サイバー対策課はSCSCの事務局の役目です。ちなみに、サイバーセキュリティ関係の産学官連携組織としてはもう一つ、 埼玉県コンピュータ・ネットワーク防犯連絡協議会(SCN) があり、井上社長には会長に就任いただいています。 SCSCには、「産」からは様々な協議会、連合会、協会など、「学」からは大学や小中高校長会、PTAなど、「官」からは埼玉県(県警含む)、さいたま市に参加いただいています。特に埼玉県内のサイバーセキュリティに対する気運を高めていくため、皆様と相談させていただきながら活動しています。
——サイバーセキュリティすごろくでサマーキャンプという企画はどのように生まれたのですか?
野口
SCSCでは毎年夏に、その時々の状況に合ったテーマを選んでセミナー等を開催しています。2024年については井上副会長ともご相談して、若い人たちに焦点を絞ってみることになりました。闇バイトによる事件、SNSを通して若い人たちがトラブルに巻き込まれる事件が頻発していたからです。県警としても強い危機感を抱いていました。夏休み中に県内の高校生を中心とした若者に集まってもらい、「SCSCサマーキャンプ」というイベントを通して啓発活動を行おうということになりました。
——そうした啓発イベントは、毎年開催されているのですか?
井上
はい、毎年実施しています。県警さんはSCSCの構成員であり、サイバー対策課には事務局をやっていただいていますので、一緒に知恵を出し合っていろいろな企画を打ち出してきました。SCSCには産学官から様々な組織・団体が参加しています。例えば、産業界では特に中小企業のリテラシーを向上させるということが大きな課題になっていますから、中小企業向けセミナーを様々なテーマで開催したりしています。 私の仕事柄、企業さんに出向いていってサイバーセキュリティに関する講演をさせていただくことが度々あるのですが、この分野は特にカタカナ用語が多くて・・・。普通に話していると10分後くらいには皆さんウトウトされたり(苦笑)。いかに興味を持ってもらうか、いかに分かりやすく伝えるか、いかに行動につなげてもらうか、ということを常日頃から意識しています。 今回は「学」向け、特に高校生等に対象を絞ってセキュリティ啓発に挑戦することが決まったのですが、単なる「講義」「講演」だったら退屈なものになってしまったでしょう。どうしたら高校生たちに興味を持ってもらい、学びの成果を持ち帰ってもらえるか、サイバー対策課の皆さんと真剣に検討を重ねました。
——そして、「サイバーセキュリティすごろく」というアイデアに行き着いた?
野口
井上副会長がおっしゃった通り、伝わらなければ啓発の意味がないですし、夏休み中のイベントとして一方通行型のレクチャーでは高校生等の若者にあまり楽しんでもらえないのではないかと思いました。 サイバー対策課内でもいろいろと議論して、「ゲーム性をもって、楽しみながら学べる」ということを目標にしました。「みんなでわいわい盛り上がれるのは?」と考えた末にボードゲームが良いのではないかということになり、最終的に「すごろく」に落ち着きました。
——すごろくはサイバー対策課で製作されたのですか?
野口
はい、そうです。すごろくって、誰でもやったことがあって楽しいですよね。ただし、今回はSCSCのサマーキャンプでは、30分というような短い時間の中でという制約があり、全員がゴールを目指すというタイプは難しそうでしたので、ゴールを目指すという形式ではなく、さいころを振って、盤面を周回しながら、カードを引くとイベントが発生する。制限時間いっぱいのところでの持ち点で競い合うという形にしました。 遭遇するイベントとしては、「サポート詐欺の被害に遭う マイナス200万円」「偽ショッピングサイトでだまされる マイナス200万円」「荷物を受取る簡単なバイトに応募した マイナス400万円」などのマイナス事案のほか、「個人情報を盗みとる偽サイトを発見し、通報した プラス200万円」「ロマンス詐欺被害に遭いそうな友達を助けた プラス200万円」「悪ふざけの動画を投稿しようとしている友達を止めた プラス200万円」といったプラス事案を含め、様々なサイバー案件を盛り込みました。犯罪組織を解体するための「逮捕状カード」などを用意して、ちょっとした遊び心も入れ込んだり。各テーブルには県警職員がついて、事案ごとに簡単な解説を加えて学びを深めてもらいました。
——すごろくの結果で順位を決めて表彰などをしたのですか?
野口
いえ、今回のSCSCサマーキャンプは大きく3部構成になっていて、サイバーセキュリティすごろくは第2部で使用しました。 第1部は、クイズ大会です。3人一組のチーム対抗戦です。25問を出題して、正解数掛ける100万円(おもちゃのお金)をチームに付与します。例えば15問正解だと1500万円です。これが各チームの持ち点になります。クイズの内容は、サイバーセキュリティについて学べるものになっています。 第2部が、サイバーセキュリティすごろくです。1テーブル3~4チームで、全6テーブル。クイズで獲得した持ち点を軍資金にしてチーム対抗で競い合います。持ち点を増やすチームもあれば、減らすチームもあります。ここもサイバーセキュリティの学びの機会になっています。 第3部は、実演形式のロールプレイングです。いくつかの場面設定を用意しました。例えば、 「あなたはコンビニの店員です。携帯電話を持った高齢者が来店してギフトカード(POSAカード)を大量購入したいと言ってきました。どうやら詐欺に引っかかってしまった様子。今日学んできたサイバーセキュリティの知識を基に分かりやすく説明して、水際で詐欺被害を防いでください」 といった内容です。すごろくのテーブルごとに代表者を選出し、即興で実演してもらいました。その出来映えを審査員が判定し、10点満点で採点していきました。
井上
審査員は3人で、私もそのうちの一人として採点させていただきました。高校生等の皆さんが各場面に応じて堂々と、そして真剣に演じていて、とても感動しました。笑い声もいっぱいで皆が楽しんでいましたね。事務局の警察官の皆さんが、いろいろな場面に応じた役に扮していたのですが、こちらも本当になりきっていて驚きました。
——採点するのは難しいそうですね。
井上
どのチームも本当によくできていたので、採点には困りました。皆に満点をあげたいという気持ちでしたが、多少なりとも点数差をつけないと順位が決まらないので・・・。
野口
ロールプレイングで1位になったら持ち点1.2倍というような遊びの要素も取り入れました。第2部のすごろくまでに各チームが獲得した持ち点を並べて、ロールプレイングの順位次第で逆転できるように倍率を調整したりしました。ゲーム性を高めることで、サイバーセキュリティに詳しい子も、興味関心があまりなかった子も、みんなが最後まで楽しく参加できるようにするための工夫です。参加者と関係者を合わせて100人近くがいる前でしたが、高校生たちはとても楽しんで、盛り上がっていました。
——今後の展開は?
野口
井上副会長ともご相談させていただいているところですが、2025年も引き続き若者向けに特化した内容でSCSCサマーキャンプを開催する方向です。課題は、この輪をどのように広げていくかです。リアルイベントの参加者数はどうしても限られてきますので。 SCSCでは、サイバーセキュリティの普及啓発という目的を埼玉県の民間企業、学校関係者、県警が共有し、協力して課題に取り組んでいます。非常に良い官民連携のかたちであると胸を張って言うことができます。サイバーセキュリティの普及啓発は警察だけではできません。井上副会長はじめ関係者の皆様の後押しをいただいて、県警としても一所懸命にやっていきたいと思っています。
井上
インターネットサービスを提供する企業として、サイバーセキュリティ関係で大変困っているお客様が増えていることを実感しています。セキュリティ啓発は待ったなしの状況です。 SCSCサマーキャンプ2024では、埼玉県警の職員の皆さんの柔軟な発想力や企画力に驚きましたし、県民をサイバー犯罪から守るという強い意志に感服しました。今後とも密に連携させていただき、いろいろな取り組みに挑戦させていただきたいと思っています。
——井上さん・野口さんの目指すところがよく分かりました。あらためまして、このたびのご受賞おめでとうございました。
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埼玉県警察本部 生活安全部サイバー局サイバー対策課
埼玉サイバーセキュリティ推進会議(SCSC)
「フィッシング詐欺の被害に遭う、マイナス200万円」「偽ショッピングサイトを見破り通報した、プラス200万円」などのように、サイバーセキュリティ関連インシデントを盛り込んだ誰でも楽しく学べるボードゲーム。「SCSCサマーキャンプ2024」で初使用し、参加した高校生等約70人から高評価を得た。その後、他イベント、公民館、学校等でも使用実績を重ねている。
作品紹介サイト
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サイバーセキュリティアワード2025の表彰式が3月3日に開催され、大賞1件、部門別最優秀賞4件、部門別優秀賞9件の栄誉が称えられた( 表彰式レポートはこちら )。企画部門 優秀賞に輝いた「サイバーセキュリティすごろくを活用した体験型啓発イベント「SCSCサマーキャンプ2024」の開催」の企画経緯について、 埼玉サイバーセキュリティ推進会議(SCSC)の井上太郎 副会長(彩ネット株式会社 代表取締役)、埼玉県警察本部 生活安全部サイバー局サイバー対策課の野口敏彦 課長補佐 に聞いた。(聞き手はサイバーセキュリティアワード事務局、以下敬称略)