受賞者インタビュー



テクノロジーの理想をあきらめないために

福田 和代 さんに聞く

フィクション部門 優秀賞

ディープフェイク

福田 和代 著、PHP研究所 刊

教師・湯川はある日、自分と女生徒がホテルで密会したという記事が週刊誌に掲載されていると知る。さらに、「ディープフェイク(AIによる画像合成技術)」で作られた、湯川が生徒に暴力を振るう動画も拡散――。普通の人間が追い詰められ、全てを失っていくさまをリアルに描くサスペンス小説。

作品紹介サイト

サイバーセキュリティアワード2025の表彰式が3月3日に開催され、大賞1件、部門別最優秀賞4件、部門別優秀賞9件の栄誉が称えられた(表彰式レポートはこちら)。フィクション部門 優秀賞に輝いた『ディープフェイク』の著者 福田和代さんに作品に込めた思いを聞いた。(聞き手はサイバーセキュリティアワード事務局、以下敬称略)

——ご受賞、おめでとうございます。受賞の受け止めは?

福田

ありがとうございます。大変光栄な賞をいただいてありがたく思っています。実は、私が小説家になってから初めていただいた賞になります。文芸の賞ではなくサイバーセキュリティの賞をいただいたのはとても私らしいなと、内心でとっても面白がっています(笑)。私の友達にはシステムエンジニアとかIT業界の人たちが多いのですが、「テクノロジーがしっかり書けているということだね」などと言ってもらえたこともとても嬉しいですね。 私は、特に金融業界の業務システムを開発してきたSE(システムエンジニア)ですが、サイバーセキュリティの専門家というわけではありません。 サイバーセキュリティに関してはいろんな方に取材させていただいて書いてきましたが、「本当にちゃんと書けているだろうか」と不安に思うこともあります。サイバーセキュリティを専門とされる審査委員の皆さんに認めていただけて、おかしなことは書いていなかったんだと安心しました(笑)。

——単行本の初版は2021年ですが、『ディープフェイク』は今まさにホットな話題になっています。先見の明ですね。

福田

ありがとうございます。私、元々SNSにとても興味があって、Twitter(現在のX)とかFacebookとか、あらかたアカウントを作って、どういうものなのか試してみるっていうことをやってきました。ネット社会というものに対して私は前向きでいたいですし、テクノロジーというものは使い方を間違えなければ人間にとって宝物になると思っています。でも使い方を間違えるととんでもない方向に進んでしまうこともある。人の顔が見えない、相手がよく分からないSNSの空間では、誹謗中傷ということがどうしても起きてしまいますし、攻撃の度合い、強さが「生」のやり取りよりも激しさを増してしまう。見えないところから大量の石が投げつけられるような恐ろしい感覚を、私自身も体験したことがあります。 そうした残念な現実を前にしながらも、せっかく生み出された便利なテクノロジーをもっと大事に使っていきましょう、より良い方向に活用していきましょう、という思いを込めて小説を書き続けています。また、自分の役割をわきまえて、しっかり仕事している人たち、市井の知られざるプロフェッショナルたちに光を当て称えたいという気持ちもあります。 『ディープフェイク』を書くきっかけになったのは、コロナ禍の最中にAIのオンライン講座を受講したことでした。AIの基礎的な知識を学び、ジェネラリスト検定(G検定)も取りました。小説家がAIを学ぶというのを面白がっていただいて、オンライン講座の関係者といろいろと情報交換もさせていただきました。そうした目で世界を見渡すと、海外では既にAIを悪用した事件がいろいろ起きていました。悪意をもってAI合成された偽画像、偽音声、偽映像がディープフェイクと名付けられ、詐欺やなりすましが社会問題になりつつあったのです。そういう新しい社会現象を面白がって勉強していくうちに、いつの間にか小説というかたちになっていきました。 あと、最初に入った銀行の先輩社員が転職して学校の教頭先生になられていて、お仕事の大変さを根ほり葉ほり聞く機会があり、それを舞台設定に活用させていただきました。

——多方面から、いろいろなきっかけが舞い込んできた感じだったのですね。

福田

そうですね。小説を書く時には、なかなか筆が進まず困ることもありますが、何も考えなくてもネタのほうからふわっと飛んでくるようなこともあります。今回は後者でした。PHP研究所の担当編集者の方がヒヤヒヤしていたのは、主人公があまりにも悲惨で可哀そうなので、もう少し優しいストーリーにしてあげてほしい、ということだったようです(笑)。エピローグも付け足して、主人公にとってややハッピーエンド寄りに着地させたりもしました。

——確かに、読者として読ませていただき、追い込まれてボロボロになっていく主人公が不憫でなりませんでした(笑)。こんなことが自分に起こったら耐えられるだろうかと恐ろしくもなりました。

福田

悪意のある人はもちろんなのですが、自分は正義だと思い込んでいる人からの攻撃も恐ろしいですよね。リアルでうまくいっていない人がサイバー世界で他人に八つ当たりしたり・・・。 テクノロジーを正しく使って楽しい世界を作るという理想をあきらめないためにも、本物と偽物を見分けるための知識をより多くの人が学ぶことが必要ですし、他人が流す情報を軽々しく鵜呑みにしない用心深さを身につけることも大切です。そう言われても実感がわかないでしょうから、小説というフィクションで疑似体験し、想像力を豊かにしていただければいいなと思っています。

——楽しみにしております。このたびのご受賞、本当におめでとうございました。

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